東京高等裁判所 昭和34年(う)207号 判決
被告人 酒井裕
〔抄 録〕
控訴趣意ハ、法令解釈の誤の主張について。
原判決が、その理由中(弁護人の主張に対する判断)の項において、「次に弁護人は、本件は被告人の自首があるから自首減軽すべきであると主張するのでこれについて考察すると被告人が捜査機関に対して自首したのは司法警察員千田正二等の作成にかかる昭和三十三年十一月六日附報告書によると同年同月同日午前十時三十分頃のことであり、捜査機関に本件犯罪事実が発覚したのは司法巡査千平孝夫等の作成にかかる昭和三十三年十一月六日附変死事件受理報告書によると同年同月同日午前十時二十分頃のことである。従つて被告人が本件につき自首したのは、捜査機関において本件犯罪事実を発覚しその捜査に着手した直後のことであるから、被告人の本件自首は刑法上の刑の減軽事由に当る自首ということができないが、被告人の右自首行為は犯行後の被告人の改悛の情を示すものとして量刑上参酌するにとどめる。よつて弁護人のこの点についての主張もこれ又採用することができない」と判示していることは、所論のとおりである。ところが所論は、右は、原判決が刑法第四二条第一項の「未タ官ニ発覚セサル前」の解釈を誤つたものである旨主張するにより、考察するに、刑法第四二条第一項の「未タ官ニ発覚セサル前」とは、犯罪の事実が全く官に発覚しない場合は勿論、犯罪の事実は発覚していても、犯人の何人たるかが発覚していない場合をも包含するものと解すべきことは、所論引用の最高裁判所判例に照らし所論のとおりであつて、原判決の援用する司法巡査千手孝夫(原判決書に千平とあるは千手の誤記と認める)外一名作成名義の変死事件受理報告書のみによつては、本件犯罪事実の発覚したことは認め得られないけれども、犯人が被告人であることまで官に発覚したものとは認められないことも、また所論指摘のとおりであるが、しかし、右変死事件受理報告書の記載と昭和三三年一一月六日附司法警察員警部補横山政之輔作成名義の殺人事件捜査報告書の記載とを総合するときは、被告人が千住警察署に自首したという同日午前一〇時三〇分頃には、既に、旅館にあつた宿帳のメモ用紙の記載により、本件犯人の容疑者として被告人の住所氏名が官に発覚していたものと認められないこともないのであるから原判決が被告人の自首について前示のような判断をしたからといつて、必ずしも所論のように、刑法第四二条第一項の解釈を誤つたものということができないばかりでなく、仮りに被告人が千住警察署において本件自首に及んだ当時、未だ犯罪地を管轄する浅草警察署の捜査官に犯人の誰であるかが発覚しておらず、被告人の本件自首に対する原判決の右判断が誤つていたとしても、刑法第四二条第一項所定の自首減軽は裁判所の自由裁量に委ねられたものであるところ、原判決においては、前示のように、本件自首は、刑法上の自首に当らないとして、自首減軽はしなかつたけれども、その刑の量定につき十分これを斟酌したことがその判文上窺われるのであつて、右の誤は、本件において、結局判決に影響を及ぼさなかつたものと認められるのであるから、原判決には、この点につき、所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈の誤があるものということはできない。この点の所論も採るを得ない。
(中西 山田 鈴木)